論破されるのも嫌いじゃないけどさ

知識を振りかざしたいだけなんだろうな。

自分の学んだ知識が正しいとは限らない。学んだ知識、教えられた知識、そのものが間違ってる可能性だっておおいにある。

どこかの研究結果の「〇〇な確率は△%」っていうのを教えてくれる人がいるけど、その研究結果だって正しいものとは限らないし、そもそも自分自身の目で見たもの以外は「真実」とは言い切れないと思うんだ。

そうなってしまうと「正しさ」なんて人それぞれだけど。

私にできることといえばその知識をどう理解して、どう解釈したかを説明することくらい。

そして一番重要なのは、そこから自分にとって有益な何かをどれだけ受け取れたのか?ということ。大事なのは正しさではなく自分自身にとって重要か重要じゃないかのような気がする。

私はその「知識」に対しての自分自身の見解を語ることしかできない。その知識を肯定することもあれば、それ自体を否定して、自分自身のもともともっていた経験や知恵を語ることだってあると思う。

だから「知識」ではなく、見解と経験に基づく「知恵」こそが大事だと思う。ただ私が思うに、どちらも他人に押し付けるものじゃないと思う。

自分の中で重要な何かを受け取って、理解して、経験して、自分自身の糧にする分には、どんな形であってもどんな知識であってもどんなやり方でも構わないだろうけど、いざ他人に説明したりアドバイスをする時は「どう伝えるのか」っていうのもすごく大切だ。

まとめると、

「知識」を学んで、それに対する自分の「見解」やそれに付随する「経験」をふまえて、自分自身の「知恵」とした時に、初めて他人に教えるという事ができる。そうして初めていかに「わかりやすく伝えるか」っていうのが重要になってくる。って感じかな?

そうすればとりあえず覚えたことを振りかざしてる系の人間にはならずに済むかな、と思います。

まぁ一行で言うならただパーセンテージだけ教えられても慰めにならないよ、ってお話😶

私も気を付けなきゃな。