サイドエフェクト

大体最初の10-30分でつまらないと感じた映画はみない主義だが、この映画には続きを見たくさせるなにかがあった。

まずエミリーが自殺未遂するシーンで思いとどまった。あとなにより淡々と静かに流れていくこの映画の雰囲気に飲まれてしまった感がある。

なんとなくもしくは裏切り〜という映画に雰囲気が似ていた。内容的には重い話のはずなのに、この淡々とした雰囲気がそうさせない。

映像はとても綺麗だったけど、ロストイントラストレーションみたいな画の撮り方かなあ、とおもいました。

 

エミリーとシーバード博士がインサイダー取引によって儲けようとする話。

話の最初でなによりエミリーが美しい。

最初っからなんとなくシーバード博士は怪しいというか一癖持ってそうな雰囲気を出してはいたけど(笑)、やっぱりそうだった。

自分的に最初は精神科医みんなでグルになってバンクス博士を陥れようとしているのかと思ったけど、もしそうなら新薬の被験者探しに協力させたりはしないだろうし、

なによりエミリーが最初っからどう見てもメンヘラなので、薬で人を殺した時点で嘘だろ!とおもいました。

旦那とのSEXであまり感じていない雰囲気をみても、エミリーはもう旦那への気持ちはなさそうだなと感じてはいた。

バンクス博士が以前ストーカーされていた女の人が実は死んでいなくてシーバードだった、だから復讐した、

もしくはエミリーがバンクスを好きになってしまったので演技をして気を引こうとしてる、

シーバードが元々バンクスと恋愛関係にあって振られた、

いろんな予想をしたけど結局シーバード博士の論文が出てきたときに確実にシーバードが犯人だとはわかった。

彼女が演技をしていそうなのもわかった。

ただそこが組む理由が途中までまったくわからなかった(笑)

 

未来は予見できる。過去の行動によって。

 

エミリーがシートベルトを閉めていたこと、旦那を裏切ったこと、彼女の言葉が上司の言葉であること、しょっちゅう嘘をつくこと。

そこから見てもシーバードを裏切る可能性は高い。

 

よくゲーム理論では相手の駒を読む方法があるけど、彼女たちがバンクスを狙ったのはたまたまだったらしいので、わからなくて正解だったかもしれません。

シーバードとエミリーが恋愛関係にあるとはさすがに思いつかなかった。展開の遅いアリスグリードの失踪を見てる気分。

シーバード博士はなんとなくレズビアンな雰囲気がしてたけど(笑)

エミリーもなかなかの小悪魔っぷり。

セレブ生活から転落して、夫のせいなのは確かだし、流産した痛手もあったかもしれないけど、夫やシーバードをあれだけ振り回して、まして人を殺してる彼女が正常なわけがない。

作品上スカッとすることはないけど、ただ内容を見るとスカッとする感じ。

最後まで自分の手でしらべあげ、自らの地位を取り返した点はすごいなとおもった。

何よりバンクスの心理をコントロールするのがうまいことうまいこと。

そしてキャサリンゼタ=ジョーンズがセクシーでクールであんな上司が欲しい。

 

静かな映画なので、好き嫌いが別れるかも。

個人的には★3つ。

鑑定士と顔のない依頼人

孤独で女性恐怖症のおじいちゃんとそれに振り回されてきた周囲が復讐するスカッとするような、後味が悪いような作品。

どんな贋作の中にも真実を見つける

 

ちなみに途中でヴァージルとロバートがレストランの食事中、ヴァージルがナイフで遊んでるのを発見して三度見しました。

 

そんな天才鑑定士のもとにきた、一つの鑑定以来から始める。

最後にヴァージルは贋作の中の真実を見つける。ないとあんどでいっていうお店は本当であることを気づく。

そしてクレアの どんな事があろうとあなたを愛しているという言葉を信じ続ける。

オートマタ、心は偽れる、ビリーの言葉。

クレアの言葉はうそだった。クレアというオートマタ 仮面を被っていて、その中には小人である本物のクレアがいた。

最初っから技師は本当のことを言っていたんだよね。

 

童貞が快楽を知って、人を愛した、でもいままでの報いがくるっていう映画です。

ヴァージルが大好きなんだ。あの潔癖なところや、孤児だったのに自分自身の力で地位を持ってきたあの強さ。孤高の人物はいつでもセクシーなんだ。

何故彼が女性恐怖症なのか?幼い頃の修道女が関係してるのかなあ。絵画との偽りのSEXで満足してたのか。

ただ疑問なのが何故ホイホイ好きになってしまったのか。ただこれはビリーが首謀者のはずなので、いままでの絵画から好きな女の顔をわかっていたのかも。それと心理学的なテクニックを使って彼女を好きにさせているところ

例えば同じ者同士だと思わせたりきままに振り回す点、

その他異性を好きになる時には自分とは正反対の相手を好きになる、という心理からすると、ヴァージルとクレアの人相は逆だし

ヴァージルの顔は中心より、クレアの顔は割と浅めで目が離れ気味。私の経験上、人相的に逆な相手を好きになる確率が高い。そう考えると、合致が行くし、なによりフラグ回収が上手い。

芸術家は自分の作品が嫌いなものらしい。よ。

 

ここは最近の映画ではベストです。ヴァージルがなぜ上手く惚れてしまったのかを気にかけなければ、まとまりのいい作品。★5。大好きなので。ただ、たまーにしか見たくない。見たあとしんみりしてしまう。。

マイブルーベリーナイツ

一つ一つが写真のような映像美。そんな美しい映画。

ジェレミーなかっこいい。

あと、エリザベスの心的描写をあまり描いていないせいで、重苦しい話にはならなかった。途中途中で出会う人々は結果的にとても重い結末になるわけだけど、映像の美しさで重さが伝わるだけで心的描写がすくないので重すぎたりはしない。

結局彼女もジェレミーも元恋人を引きずってたんだなあ、と思わせる。元カノがきて最後のさようなら、とキスをするシーン。扉が開いたところで求めてる人はいないし、鍵があったところで開けない扉もある、と言われて本格的に振られたジェレミーはここで完全に吹っ切れたんだろうな。逆に吹っ切れてエリザベスを好きになりつつあったからこそ、最後にああやってキスをしたのかなあ。

エリザベスがすごく美人でもない普通の女性なところもよかった。ただあのキスシーンは画にこだわりすぎた感じはあるかもしれないね。

エリザベス以外の女性がわりと振り回す系の女の人ばかりのように見えるので、エリザベスがピュアで真面目な女性だということがわかる。 冒頭で 何事にも理由はある、と言ってきたし別れてから不眠症になったところを見ると。。

 

ジェレミーは要領いいタイプだな、絶対。

カティア可愛すぎだろ。ジェレミーの必死さとイギリス英語が心地よかったし、バックグラウンドムービーとして流したい映画だと思いました。

前の彼氏との間がスーリンとアーニーの関係に似ていたので気持ちがすごくわかる。別れた今、なんで別れたんだろうとおもっていたけど当時は窮屈で仕方なかった。

レスリーは破天荒だったなあ。正直ばかかよ、と思いつつあれだけカジノでかって嘘をついて、途中でエリザベスは人は自分を知るためのかがみだって言ってたけど、彼女の出会ってきた女性はみんな彼女とは正反対の女性だった。

鏡は自分を写す。正反対の自分を。

そうなると色気ムンムンのスーリン、嘘をしたり平気で騙すレスリー、自滅的でアルコール中毒のアーニー。彼らはみんな彼女とは正反対だった。質素で堅実なエリザベス、正直なエリザベス、変わりたいって健気なエリザベス。

そういった意味で自分の良さをもう一度みつめて、ほかの人の恋愛物語に振れて、成長出来たのかもと思うと、最後のラストが本当に幸せになって欲しいと思える。

映像と音楽はすごくよかったけど、ストーリーせいは少しかけていて、もう少し重みが欲しかったかもしれない。全体的にセリフが少ないせいもあってか、物足りない気持ちだったけど、私は好きな映画なので、映画としては評価★3

個人的には★4といったところでしょうか。

イギリス人のジュードロウにイギリス人役、ハーバードを現役卒業した才女ナタリーポートマンにカジノの切れ者、ノラジョーンズは真面目系女子に見えるなー。相変わらずレイチェル・ワイズもたしかイギリス人か。

ナタリーポートマンほんと演技うまい。

この世の摂理っていうやつ?

最近は人間関係で苦労することが少なくなった。といっても、前よりも減っただけで実際は悩んでばかりいるんだけど。人がいっぱいいるこの場所で、自分と他人との関係性について考えてる。

多分、ちゃんとしっかりしていれば、何か言われることはない。いや、ちゃんとしてても言われる時は何か言われてしまうのかもしれないけど、それを最小限に抑えることは出来るんだ。

他人は自分の鏡とはよく言うけども、自分が笑顔なら相手も笑顔になれるし、ちゃんと挨拶をすれば挨拶を返してくれる。自分がしっかりしていれば、自分がありのままを受け入れれば、相手も返してくれる。それをここで学べたような気がする。

学生の時にうまくいかなかったのは、基本が出来ていなかったからだ。

「しっかりと行く」「挨拶をする」「にこやかにする」「清潔感を漂わせる」

そしていわゆる皆とある程度歩幅を合わせることも大事だ。例えば流行を追うとか、お洒落をするとか。そういうことによって、相手も興味を持ってくれる。学校にまともに通っていなかったから、どんどん周りとの差が出来ていってしまった。だから、うまくいかなかったんだと。

ここで学べたこととして、リア充は恋愛にも積極的。恋愛でくだらないもつれをする人はその人物がどうであれ、軽蔑される。男ならまだネタで終わらせられるかもしれないけど、女だと死ぬほど言われる。壁を作らないことが大事。偏見もいいところ。そして「人との距離を感じつつ」「自分も他人に興味を持ってもらえるような人でいる」「他人が友達になって恥ずかしくない人でいる」こと。

でも、一番大事なことは:「自分からも歩み寄る」

その為には自分に自信を持つことが大事。まだ私も始まったばかりで、八方美人な態度をしてしまうけど、他人に対する偏見というものがただの思い込みである場合はすごく多い。自分の目を信じるのはまだ早い。今まで性格が悪そうで敬遠していた人の方が礼儀もしっかりしてたり、積極的で人として魅力的だったりするんだな。

日々、精進していきたいね。

そして、私は最後の煙草に火をつけた

彼との思い出が頭をよぎる。 二人で撮った写真を見ると「何故こうなってしまったのか?」、それだけを考える。 なかなかうまくいってると思ってた。最初のうちは。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶとはよく言うが、私と彼はまさにそうだった。私はいわゆる恋多き女だったが、彼は正反対だった。どんなことも下調べを欠かさない、慎重な人間だった。
付き合うまで貞操を守っていたような男。全く違う人間だからこそ、惹かれ合う。補い合い、反発し合う。恋愛は面白くて切ないものだとしみじみ思う。
付き合うことも別れることも全て決まっていたのかもしれない。

だけど今、少なからずの寂しさと執着心の間で、いづれこうなるんだった、と。こうなるべきであり、これが正しかったと確信している。

それだけが私にとって唯一の慰めだった。

日常に隠れた嘘

片思いで本気で好きだって言うのは嘘だと思う。

よく漫画とかで長い間片思いしてる人がいるけど、それって自分の作り上げた理想が好きなんだと思うんだよね。多かれ少なかれ、どこかで理想化してる部分があると思うんだ。 現実の相手よりも、自分の作り上げた理想が大事だから、相手に告白出来ないんだよ。

結婚にしろ付き合うにしろスタートラインであって、ゴールじゃない。

お互いをしっかり知る為の入口であって、辛さから抜け出せる出口じゃない。

そのスタートラインに入って互いの現実を許せるか許せないかだと思うよ。 だからスタートラインに入る前にうだうだしているのはおかしい。現実を見る前に勝手に作り上げた理想を好きだと思い込んでるだけ。ある意味「告白を受け入れてくれるだろう相手」も、「告白を拒否するだろう相手」も、自分で作り上げた幻想(理想)だと思う。 私は付き合ったことはあっても結婚したことはないので結婚については既婚者の方の意見を取り入れるべきだな。

惚れた方が弱いってよく言うけど、私の経験上、自分によく尽くしてくれる人間っていうのはたいてい自分から話しかけた相手だった。自分が有利でいたい気持ちもわかる。私もそうだし。でもどちらか片一方が無理をする関係はどこかでアンバランスになり始める。 表向き尽くしたり、尽くされたりしているなら何かでそれを返していかないといけないんだ。

そして誰かが言っていたように、誠実な者同士がくっついた試しがない。 大抵浮気者は誠実な人とくっつくし、誠実な人は浮気者とくっつく。ないものを補い合うように出来てるんだよ。 また、普通の人間関係は同じ物を持ったもの同士が同じ方向にむかって協力するものだと思ってる。サン=デグシュペリが言った言葉は恋愛の中での愛についてのものではなく、人と人との関係について、日常のいたるところにある人間関係のことだと考えた方がいい気がしてきた。

 

“Love does not consist in gazing at each other, but in looking together in the same direction.” ——愛は、お互いを見つめ合うことではなく、共に同じ方向を見つめることである。 by Antoine Saint-Exupéry

Tonight is the night!

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痛い思いをして死にたくない。
痛い思いをする程、価値のある人生じゃなかった。

さて、やるべき事も終わったし、生きますか。